そんな話をすっかり忘れてしまったある日。
以前勤めていた法律事務所のボス弁のトトロン先生から、
「事務員さんが倒れたので暫くアルバイトに来てもらえませんか」
と連絡が入りました。
そして、オフィスで仕事をしていると、脳裏にあの「さっき、そこで人を殺してきました男」の話が浮かびました。
そして、私の後継の秘書さんに
「あの事件どうなったん」
と聞きました。
彼女はそんな事件が有ったことすら知らず、
「えっ何なんですか、それ どうなったんですかねぇ
気になりますねっ
」
と興味津々の様子。
担当したイソ弁先生が、いなかったので取り合えず、帰りを待つことになりました。
イソ弁先生が帰ってきて、
「あれってどうなりました」と聞くと
「えっ あれなぁ。あんまり思い出したないわ」
と始まり、
「結局、警察の言うまま、起訴されて刑務所に行ったわ」

法廷は、とても異様な感じだったそうです。
何せ、やっていない事件をやったといっているので、被告人の証言と、刺された人の証言や傷口の具合がどうも、矛盾してしまうのです。
検察官の目も宙を舞い、裁判官の目も白黒し、法廷にいる人すべての人が
「この事件なんかおかしい。この人やってないんとちゃうかぁ」
と思っているようだった。
そうは言っても本人は刺したと言っているので、そのまま実刑をくらって行きました。
ちなみに、被告人が実際に刺した傷口というのは、チョンと刺した程度の浅いものでしたが、実際に裁かれた事件の傷口は、内臓まで達していて、相当深かったらしいです。
そして何故、被告人の男が冤罪を着せられなければいけなかったのか。
そこらへんの、謎もちゃんと分りました。
少しややこしくなりますが、真相はこういう感じです。
男は○○組という暴力団組織に所属していました。
ある日、男は××組の暴力団員と喧嘩をしました。
そして、男は××組の暴力団員を持っていた刃物で切りつけました。
普通なら××組の暴力団員が警察に行って、
「○○組の男に刺されたよ」
と言えばいいのですが、どうやら、ヤクザの世界というのはそういう風にはならないようで、
○○組の親分と××組の親分とで、どう落とし前をつけるのかというお話し合いをしたみたいです。
××組の親分は○○組の親分に
「今回のことは、多めに見てあげるよ。でも、その代わりちょっとお願いがあるねん。うちの若いのがちょっとやんちゃして、B地区で人を刺しよってん、それをなぁ、代わりに被ってくれへんかなぁ」
と言ってきた。
事実上の手打ですね。
かくして、男は親分から警察に行くように言われて、自分が人を切りつけたことを自供しました。
そして、親分たちの思惑通り、警察はB地区で起こった事件について、男を自供させます。
警察も、ヤクザの親分も怖いね
男も気の毒と言えば気の毒なのですが、ヤクザを結構長くやっておられるせいか、塀の中と娑婆を行ったり来たりしているらしく。
こう言っちゃ語弊があるかもしれないけれど、堅気の人間からしたら
「まぁ、出たり入ったりしてはるし、1回ぐらい余計に入っても、まぁいいかっ」
って感じになったようです。
因みに、A地区で刺された人を受け入れた病院は調べたけれど、近隣でそういう患者を診たという病院はなかったらしい。
ヤクザお抱えの闇医者っているのかしらねって話になりました。
ただ、それから暫くして知ったことですが、刑事なんちゃら法で、国家資格の何種類かは、仮に令状があったとしても、守秘義務を盾に、これを拒否することが出来るとあるので、そういう観点から、申し出ないのかもしれませんが